七夕の短冊の由来を簡単に解説!子供への説明の仕方は?

七夕と言えば織姫と彦星が年に一回だけ会える日です。

現在は短冊に願い事を書いて、笹に飾るのが風習になっていますね。自分の健康の事、将来の事、恋愛の事・・・

書いた願いは神様がかなえてくれると言います。ところで、なぜ短冊に願い事を書くようになったのでしょうか?この記事では、

  • 七夕の短冊の由来を簡単に解説!
  • なぜ短冊を笹に吊るすの?
  • 短冊の色が5色ある理由は?
  • 七夕の由来を子供にわかりやすく説明する方法は?

について解説しています。

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七夕の短冊の由来を簡単に解説!

七夕の短冊の由来を説明するために、まずは七夕の由来から説明していきます。今ではすっかり日本に定着した七夕文化ですが、始まりは大昔の中国でした。それは「漢(かん)」の時代。紀元前200年ごろの話なので、今からざっと2300年も前の話なのです。

夜空の二つの星「ベガ」「アルタイル」を織姫と彦星に例えて、物語を作っていました。

ずいぶんと昔からある話なんですね。日本ではそのころ、弥生時代で稲作が始まったばかり。歴史を感じます。

さて、七夕のお話は中国で脈々と語り継がれていき、西暦500年ごろまでには「7月7日の夜に織姫と彦星が会いに行く」という現代の七夕の形がほぼ出来上がりました。

そして!ここで短冊の原型のお話が出てきます。それは、

7月7日の夜に、女性たちが7本の針の穴に美しい色の糸を通して、捧げものをして針仕事の上達を祈った

というくだりです。ここで初めて七夕に願い事をしたのです。この時点ではまだ短冊ではなく、針に通した糸でした。これは乞巧奠(きこうでん)と呼ばれています。

乞巧奠とは?
「乞」は願うことで、「巧」は上手になる事。「奠(でん)」は神様に供物をささげるという意味があります。つまり、神様に捧げものをすることで上手くなりたい、ということになります。 何が上手くなりたいのか?というと当時は裁縫でした。

乞巧奠の文化はやがて日本に入ってきて、宮中行事として行われるようになります。日本で様々な文化と混じりあい独自の形に発展していきます。宮中では「お祭りイベント」として扱われていたため、7月7日には楽器を演奏したり、詩を歌ったりしていました。

江戸時代になると、梶の葉に歌を書いて屋根に投げる遊びが流行りました。最初は宮中での行事だったのですが時代とともに民衆にも浸透していき、江戸時代には寺子屋に通う子供たちが字の上達を願って自分が書いたものを供えるようになりました。

それがやがて短冊に書くようになり、字の上達だけではなく様々な願い事を書くようになっていったのです。

なぜ七夕(たなばた)という読み方になったのか?

日本では昔から織った布を神様に捧げる行事がありました。時期的には7月のお盆や麦の収穫時期です。

布を織る際には機(はた)という道具を使います。当時は機は水辺で使用していました。水辺で使うことによって穢れ(けがれ)を祓うことができると、と考えていたのです。これを「禊ぎ(みそぎ)」と呼んでいます。

機を織るのは女性で「棚機つ女(たなばたつめ)」と呼ばれていました。なぜ「棚」がついているのかは、織った機を棚に乗せて神様にささげていたからです。いわゆる神棚のことですね。

そこに混じってくるのが仏教文化です。仏教では7月15日は「盂蘭盆(うらぼん)」という行事があり先祖や仏様に感謝しお供え物をする日になっています。そのために、穢れを落とし水で洗い清い状態にしておくこと、つまり禊ぎが必要です。

時期的に棚機つ女の禊ぎと同じなので、盂蘭盆と一緒にしよう、という話になり1週間前の7月7日に棚機つ女を行うことが決まったと言われています。

7月7日は棚機つ女(たなばたつめ)がお供え物をする日になり、次第に「たなばたの日」と呼ばれるようになっていき、棚機(たなばた)という読み方だけが残りました。

ちょうどその時期の7月7日は日本の節句では七夕(しちせき)と呼ばれていました。七夕の日は棚機の日と同じです。それで節句である「七夕」の文字が残り、読みが「たなばた」になりました。

なぜ短冊を笹に吊るすのか?

江戸時代には大祓(おおはらえ)と言って、国民の罪や穢れをはらう儀式が神社で行われていました。大祓では「茅の輪くぐり」といって、茅でできた輪をくぐることで穢れを落とすと言われています。その時の動画がこれです↓


ここで注目すべきは「茅の輪」の両外側に立っている物です。これ、何かって言うと「笹」なんですね。

笹は日本では古来から生命力が強く殺菌力も強いため「魔除けになり清らかで神様が好きな植物」と考えられていました。

なので、宮中行事や神事にはよく使われていたのです。それがやがて、願い事を書いた物を飾るように転じていった、と言われています。なので、短冊を笹に飾る習慣というのは七夕発祥の地である中国には無く、日本だけのものです。

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短冊の色が5色ある理由は?

短冊の色は5色あり、それぞれに適している願い事があります。

色(五行)  意味  おすすめの願い事
青(木) 礼儀・礼節  人との接し方
赤(火)  思いやり・愛  恋愛関係
黄(土)  正義・義理 家族・親戚関係
白(金)  知識・知恵  勉強
黒(水)  信頼・信用  仕事

このようになっているんですね。やっぱり願い事は少しでも叶えたいですし、近づきたいものです。そう考えると、願い事を書く短冊の色も気にしてみると、少しは叶う可能性が上がるかも!?

なぜ5色あるのかというと、これは中国の五行説から由来しています。五行とは自然現象5種の事を指します。「木」「火」「土」「金」「水」の5つ。五行説によると「世の中のすべての物は5種類の元素からできている」のです。

なので5種類の元素は占いや政治、医療など様々なシーンで使われてきました。もちろん、行事の時もです。

5種類の要素とは?

・・・木の花や葉が咲き乱れる大木が元になっていて、木々が成長していく様子を表しています。「春」を表しています。
・・・燃え盛る炎が元になっています。「夏」を表しています。
・・・植物が種から芽を出し、成長し始める様子が元になっています。「季節の変わり目」を表しています。
・・・土の中の金属や鉱物が元になっています。「秋」を表しています。
・・・泉から湧き出てくる水がもとになっています。「冬」を表しています。

 

 七夕の由来を子供へ説明する方法は?

現在の七夕をひも解くと、3つの文化が複雑に絡み合って形成されていることがわかります。

  1. 織姫と彦星の話
  2. 乞巧奠(きこうでん)の話
  3. 棚機つ女(たなばたつめ)の話

中国の文化と日本の文化が融合しています。こう聞かれたらこう答える形式で例文を紹介します。

短冊に願い事を書いて笹に吊るすようになった理由

昔、紙が無かったころはお願い事を葉っぱに書いていたの。裁縫や字がうまくなるようにって。次第に紙が作られてからは紙に書くようになっていったのね。

紙の色が違うのは、5人の神様がいて、それぞれ叶えてくれる願い事が違うから。笹に吊るすのは、笹は丈夫で魔除けにもなると言われていて神様が好きな植物なの。

七夕の日には笹を目印に神様が地上に降りてきて願いをかなえてくれるの。

織姫と彦星が年に一回会える理由

昔の人は輝く二つの星を人に例えていたの。女の子の「織姫」と男の子の「彦星」ね。二人はとっても仲が良くって、いつも一緒に遊んでいたわ。あまりにも仲が良く、遊んでばかりいて全然仕事をしなくなっちゃった。

それで怒った神様が二人を引き離したのね。織姫と彦星は悲しみながらも、仕事を頑張るようになったの。それで神様は許してあげることにして「年に1回は二人は会ってもいいよ」ってことにした。それが7月7日ね。

 

最後に

七夕の短冊の由来を説明させていただきました。昔の中国から入ってきた文化が、日本で独自に発展していったことがわかります。今ではどんな願い事でも短冊に書いていますが、昔は「裁縫がうまくなりますように」「字が上手くなるように」など限定的だったんですね。

今年のお願い事が叶うといいですね。

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